葬儀って?

hondou2まず、現在のような葬儀がいつから始まったのかについてです。
いろいろな説がありますが、お釈迦様が亡くなったときを最初と見るのが妥当かと思います。
お釈迦様の亡骸は香湯で洗われ、新しい布や綿でくるまれ、棺に納められたうえで香油や香木で清められ、火葬に付されるまでの何日もの間、音楽や舞踊、散華で供養されたといいます。

現在の葬儀の形に似ているところがあると思います。
しかしお釈迦様は亡くなる前にこのような儀式について深く触れてはいませんでした。
このお釈迦様の葬儀は宗教的儀式というよりも、お釈迦様を思う弟子たちの気持ち、そしてお釈迦様の偉大さに対しての尊敬・感謝の気持ちを最大限にあらわしたものだったのだろうと思います。
これは現在の葬儀にも言えることだと思うのです。
単なる儀式として行う。世間体として行う。
もちろんそういった儀式や世間体というものもあるでしょうが、肝心なのは亡くなった方の生き様をその葬儀であらわすことなのではないかと思います。
現在の葬儀においては、この「亡くなった方」という部分が決定的に抜けているのではないかと思うのです。
「安く済ませたい・・・」「めんどうだから・・・」と、葬儀を執り行う方々の都合ばかりが表に立っているように思えます。
もちろん生きている者の都合も無視はできません。
が、だからといって亡くなった方を考えないのは如何なものでしょう?
亡くなった方にはその方の物語があって、そこにはさまざまな人との関わりがあったはずです。
それは関わりをもっていた方々にとっても同じことです。
葬儀を行う側の都合で、「家族だけで・・・」といっても、亡くなった方との最後のお別れが出来ないことを悲しむ人だっているのです。
どうしても、思うような葬儀が出来ないこともあるでしょう。それは仕方のないことです。
それでも、亡くなった方とのお別れをしたい方がきちんとお別れできるようにはさせてあげてください。
せめて亡くなったことを知らせてあげてください。
亡くなった方の物語を繋がりを断ち切るようなことをしてはなりません。
亡くなった方が、単に生き物としての命を終えた。という話ではないのです。

亡くなった方の歴史、物語を確かに見届け、受け継いでゆく。
それが葬儀の意義なのではないでしょうか。

 

葬儀に関して悩んでいることや、質問等があれば、遠慮なくいつでもご相談ください。

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